中学受験 歴史シリーズ。第21回目は『日本の歴史 – 現代(平成1)』です。
前回の講義『日本の歴史 – 近代(昭和時代3)』では、日本の高度経済成長、そして戦後の国際関係ついて見てきました。
戦後、急速な経済発展を続け、オイルショックも乗り切り、成長を続けてきた日本ですが、昭和末期から平成初期もって成長の時代は終わりを迎えます。あまりにも利益を求め過ぎた急激な経済発展のしわ寄せが訪れたのです。賃金は上がらず、所得が増えないことから、生まれる子供の数も減り、人口減少の時代に入りました。人口が減れば、それだけモノが売れなくなります。地方部では過疎化が進行し、地域経済が崩壊します。
一方、第一次ベビーブーム時に生まれた人々が高齢者となり、税金でこの団塊世代の生活を守らなければならなくなっています。残念ながら、バブル崩壊を背景に、日本には第三次ベビーブームが訪れませんでした。つまり、少ない若者が税金を払い、多くの高齢者を支えると言うことです。よって、若者世代の負担は非常に重いものになり、働いても働いても、豊かになれない世の中になってしまいました。世界に目を向けてみると、冷戦終結後には、アメリカとソ連という大国によるパワーバランスが崩れたことから、地域紛争の時代になりました。軍事力を持たない日本は世界にどのような貢献をしていくことになるのでしょうか。
それでは確認していきましょう。
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前回までの学習内容【おさらい】
本題に入る前に、前回までに学習したことをおさらいしましょう。歴史の学習は連続性が重要です。歴史の分野では毎回、復習問題をまず解いてから始めましょう。
問題1 アメリカの冷戦政策や日米安保を支持する保守勢力が1955年に結成した政党は【 】である。
問題2 問1の政党と対立した野党第一党の革新勢力は【 】である。
問題3 問1の政党が問2の政党と対立し、38年間に渡って政権与党を取り続けた体制を【 】という。
問題4 1960年、日米安全保障条約の改正に際して起こった激しい反対運動を【 】と呼ぶ。
問題5 1950年代後半から、1970年代にかけて、日本経済が急速に発展したことを【 】と呼ぶ。
問題6 問5の時期に石炭から石油への【 】が進み、重化学工業が発展した。
問題7 1968年には日本の国民総生産が資本主義国の中でアメリカに次いで世界【 】となりました。
問題8 高度経済成長期前期に急速に庶民に広まったテレビ、車、クーラーは【 】と呼ばれた。
問題9 1960年【 】内閣は、10年間で国民総生産を2倍以上に引き上げ、西欧諸国並みの生活水準と完全雇用の実現を目標とする所得倍増計画を発表した。
問題10 所得倍増計画は計画通り実現し、庶民は新三種の神器と呼ばれる【 】・【 】・【 】を手に入れるようになった。
問題11 1972年、沖縄返還時の内閣総理大臣は【 】である。
問題12 問11の内閣総理大臣は、核を【 】、【 】、【 】という非核三原則を唱えた。
問題13 1971年~1974年にかけて、【 】が訪れ、この間に生まれた人々は団塊ジュニアと呼ばれている。
問題14 1973年に【 】が勃発し、第一次石油危機が発生、この影響で日本の急速な経済成長はストップした。
問題15 1956年の【 】により、日本とソ連と国交が正常化した。
問題16 1972年の【 】によって 日本と中華人民共和国との国交正常化した。
▼ 解答をみる
バブル崩壊と不景気の時代(失われた10年)
1980年代後半、株式や土地の価格が異常に高くなって起きた好景気、バブル景気が訪れます。しかし、その後、先の見えない平成不況に突入します。失われた10年とも呼ばれたこの不況ですが、未だにそれを抜け出すことが出来ていません。政府は規制緩和や、国営事業の民営化を進めますが、一方で、貧富の差や、都市と地方の格差がますます拡大しました。
バブル景気(1986年)
土地の価格(地価)や株価が高騰し、銀行の利子より、土地や株価の上昇の方が大きくなる状況になった。よって、人々は銀行からお金を借りてまでして、土地や株価を買い続けた(最終的に儲かる為)。しかし、実体がない好景気であることから、バブルと名付けられた。また、このような異常な状態は長くは続かず、1991年2月にバブル崩壊を迎えた。
【原因】日本は1985年のプラザ合意による円高の進行と円高不況に直面した。円高になると、輸出した日本製品が価格面で不利になる。企業は海外での生産を増やし、国内の産業が空洞化した。そこで、日本銀行が低金利政策を実施したため、各企業が融資を受けやすい状態になる。設備投資だけでなく、土地や株式の購入にも資金が流れ、それらの需要の高まりによって地価・株価が高騰した。
【結果】当時の東京都の山手線内側の土地価格でアメリカ全土が買えるほど日本の土地価格が高騰。東京都内などでの再開発ブームが発生、臨海副都心計画もこのときに浮上。
- 暴力団組員などによる地上げ行為も横行(土地所有者への嫌がらせ)
- 住宅価格の高騰で、サラリーマンが都心近郊にマイホームを持てなくなり、職住分離が進行
地方部でも巨大リゾート施設やゴルフ場、スキー場などの建設が次々に行われた。企業は大量の正社員採用を行い、大学新卒者の有効求人倍率が2.86倍を記録(誰でも会社に入れる状態)。
- この時代に新卒採用期を迎えた世代は『バブル世代』と呼ばれる
バブル崩壊 1991年
過熱し過ぎた土地高騰を抑える為に、金融政策を転換し、銀行の不動産融資にも実質的に制限を加えた。これにより、株価も地価も下がりはじめ、バブル景気は終わりのときを迎える。しかし、この株価や地価の下落は政府が予想したよりもはるかに大きく、様々な問題を残したほか、これ以降に続く平成不況への入り口となった。
様々な問題
銀行はバブル期に安易に融資を続けたころから、バブル崩壊後、債権(貸したお金)を回収出来なくなり、銀行や証券会社が倒産、統廃合が進んだ。この他にも多くの企業が倒産し、従業員の解雇(リストラ)も多数発生した。臨海副都心計画など、巨大なインフラプロジェクトが一時凍結された。バブル期の過度な投資で、リゾート施設などの開発に関わった地方自治体は巨額の負債を抱え、破綻したところもある。
※北海道夕張市:「炭鉱から観光へ」をキャッチフレーズに観光開発を進めた失敗し、2006年に財政破綻。
大学卒業者に対する求人数は1991年の約84万人から1997年の約39万人に大幅減少し、1999年には有効求人倍率が0.5倍(大学卒業者の半分に仕事が無い状況)を記録した(就職氷河期)。人件費を抑制するために、企業は非正規労働者(派遣労働者)を多く使うようになった。
※非正規労働者は正規労働者に比べて、賃金が大幅に安く、何年働いても賃金はアップせず、社会保険もない為、不安定な生活を強いられる人が大幅に増加し、少子化に拍車をかけている。
三公社(公共企業体)民営化 当時の首相:中曽根康弘
独立採算制を取り入れ、効率的な事業運営を目指すため、行財政改革の一環として、国営事業の民営化が行われ、1985年に日本専売公社が日本たばこ産業株式会社(JT)に、日本電信電話公社(電電公社)は日本電信電話株式会社(NTT)に、また、1987年に日本国有鉄道(国鉄)は6つの旅客会社(JR)と貨物会社などに分割民営化された。
【理由】巨大企業のスリム化。当時、国鉄は約50万人、電電公社は33万人という職員を抱えており、その一部の労働組合は共産主義と結びつき、違法行為(労働組合の言い分は順法闘争)を行っていた。また、競合相手の無い一社独占であることから、民間会社に比べ、サービスレベルが大きく劣り、時代の変化に適応できていなかった。同時に国鉄は高度経済成長期の新幹線建設や新規路線建設費用がかさんで、巨額の赤字を抱えていた。これを民営化することで余剰人員をカットし、また民間会社として健全な経営を行い、時代に適した良好なサービスを提供させることを目的とした。
【問題】国鉄の負債を引き継いだ国鉄清算事業団は、バブル崩壊によって保有している土地を計画通りに売却できず、負債を解消出来なかった。また、その後の長引く不況と人口減少で、JRは民間会社として地方ローカル線を維持出来なくなっており、廃線が相次いでいる。
消費税の導入(3%) 1989年 当時の首相:竹下登
今後増大する高齢化への対応(社会保障対策)と財政再建を掲げ、安定的な税収が見込める消費税が1889年(平成元年)4月に導入された。高齢世代も負担するので世代間での負担の不公平さがないことも理由に上げられた。一方で、消費税は所得に関わらず一律の税率であることから、低所得者ほど負担が重いという問題もある。
また、消費税導入時40%だった大企業の法人税率は約20%にまで引き下げられ、大企業優遇の税制と批判された。国民の反対を押し切り、竹下登内閣は消費税法案を強行採決し、そのまま総辞職したが、バブル絶頂期だからこそ、なんとか実現出来たとも言え、「小さく生んで大きく育てる」というスローガンの通り、消費税の税率はその後、5%から8%、そして10%と伸び続け、消費税は日本の税収の30%を占めるようになった。
55年体制の終了
長期政権下で与党自民党の汚職が続発し、田中角栄がロッキード事件(1976年)で逮捕されたことを引き金に、自民党政権への政治不信が徐々に始まっていたが、1988年のリクルート事件、1989年の消費税導入、1992年の東京佐川急便事件で、国民の不信は頂点に達した。55年体制は世界トップクラスの経済大国を作り、竹下登は「日本の長寿は世界一、格差がないのも世界一、それが世界一の金貸し国になった」と演説したが、内閣不信任案を受けて実施された1993年の総選挙で新生党、新党さきがけ、細川護熙率いる日本新党が躍進し、細川内閣が成立し自由民主党は初めて野党に移行した。
しかし、その後も数年続いた非自民党政権はいずれも安定せず、1996年の橋本龍太郎内閣から、再び自民党政権に戻った。とは言え。その後も安定政権は築けず、世界から日本への信頼も徐々に離れて行き、アジア最強の経済大国の地位を失っていった。また、この期間はバブル崩壊後の社会情勢の悪化から、いくつかのテロ事件が発生した他、阪神・淡路大震災の発生は日本中を震撼させた。2001年に小泉純一郎政権が発足するまで、不安定な政治が続く。
阪神大震災(1995年1月17日)
兵庫県淡路島北部沖を震源とした巨大地震。戦後に発生した自然災害全体では、東日本大震災が発生するまでは最大クラスの地震。震源に近い神戸市では多くの建物が倒壊し、日本国内のみならず、世界中に衝撃を与えた。道路・鉄道・電気・水道・ガス・電話などの生活インフラが寸断され、復旧まで長い時間を要した。
地下鉄サリン事件(1995年3月20日)
社会不安から新興宗教に走る人々が増えつつある中、新興宗教団体であるオウム真理教が起こしたテロ事件。国家転覆計画実行され、化学兵器(サリン)を用いた無差別テロを行った。死者14名、負傷者約6300名。
函館ハイジャック事件(1995年6月)
オウム真理教信者を名乗る男が羽田空港発函館空港行きの全日空機をハイジャックした事件。
冷戦の終結
1979年にアフガニスタンに侵攻したソ連は国力が低下し、ゴルバチョフ政権が国の立て直しを図った。また、ソ連の影響も強かった東ヨーロッパ諸国で民主化運動が高まり、1989年に各国の共産党政権が倒された。同年、マルタ会談にて、アメリカのブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフ書記長が冷戦の終結を宣言し、ドイツでもベルリンの壁が崩壊。1990年に東西ドイツが統一された。1991年にソ連も崩壊し、ロシアとその他の独立国に分割された。アメリカ、ソ連という大国支配による世界の均衡が崩れたことから、民族、宗教、文化の違いから地域紛争が活発化する。
核軍縮
第二次世界大戦後、核戦争や核兵器の拡散を防止するために、核軍縮に向けた動きが加速した。しかし、核の根絶には至っておらず、引き続きアメリカやロシアが保有する核兵器が世界の均衡を保っているという面は否めません。また、冷戦終結の象徴として、アメリカとソ連(ロシア)は1987年に中距離核戦力全廃条約を結び、中射程の核ミサイルを破棄することを約束しましたが、2018年にアメリカのトランプ大統領が条約の破棄を表明し、2019年8月にこの条約は失効し、核戦争の危機は未だに回避できていない。
部分的核実験禁止条約(1963年)
アメリカ、イギリス、ソ連との間で調印された、大気圏内、宇宙空間および水中における核実験を禁止する条約(地下実験のみ認める)。
核兵器拡散防止条約(1968年)
核軍縮を目的に、アメリカ・フランス・イギリス・中国・ロシアの5か国以外の核兵器の保有を禁止する条約。しかし、この条約に加盟していないインド・パキスタン・イスラエル・イランは核兵器を保有していると見られる。
中距離核戦力全廃条約(1987年)
アメリカとソ連の間で結ばれた中射程の核ミサイルを廃棄することを目的とした条約だが、2019年に失効した。
相次ぐ地域紛争
東ヨーロッパやアフリカを中心として、内戦や市民を巻き込むテロ事件が発生、また中東ではイスラム教の宗派を巡る争いなどが絶えません。1991年には湾岸戦争が発生、また、アメリカで発生した同時多発テロへの報復としてアメリカ軍がアフガニスタンを攻撃し、2003年にはイラク戦争が始まりました。国連の平和維持活動(PKO)や民間の非政府組織(NGO)もこれらの解決に活躍した他、日本の自衛隊の海外への派遣機会も増えています。
湾岸戦争(1991年)
クウェートに侵攻したサダム・フセイン大統領率いるイラクに対し、国連はアメリカ軍主体の多国籍軍を派遣、攻撃をくわえた戦争。冷戦終結後の地域紛争が深刻化するはじまりとなった。その後、イラクは多国籍軍の監視下におかれ、厳しい経済制裁下におかれることとなった。
日本への影響
日本は110億ドルの資金を提供する経済的支援を実施。しかし、国内外から日本は金の提供しかしないのかという批判を受ける。
- 「自衛隊の海外派遣」の検討を開始、停戦後に機雷除去の為に自衛隊を派遣した。自衛隊初の海外任務
- 1992年に国連平和維持協力法(PKO協力法)が成立し、自衛隊の海外派遣が本格化する
自衛隊の部隊が参加した国連のPKO
派遣先 | 派遣期間 |
---|---|
カンボジア | 1992年9月 ~ 1993年9月 |
モザンビーク | 1993年5月 ~ 1995年1月 |
ゴラン高原 | 1996年2月 ~ 2012年12月 |
東ティモール | 2002年3月 ~2004年6月 |
ハイチ | 2010年2月 ~ 2013年2月 |
南スーダン | 2011年11月 ~ |
イラク戦争(2003年)
アメリカで発生した2001年9月の同時多発テロの報復として、アフガニスタンを攻撃してタリバン政権を倒したアメリカ合衆国のジョージ・ブッシュ大統領は、さらに2002年1月にイラク・イラン・北朝鮮を「悪の枢軸」と名指し、大量破壊兵器を保有、開発していることを口実にイラクへの攻撃を開始した。結果、フセイン政権は崩壊し、サダム・フセインには死刑判決が下された。
日本への影響
2004年に人道復興支援の為に小泉内閣がイラク特措法を成立させ、イラクに自衛隊を派遣した。この他に、小泉内閣は2001年にアフガニスタンを攻撃したアメリカ軍への補給支援活動の為にも、テロ対策特別措置法をを成立させ、インド洋へ自衛隊を派遣している。
歴史の学習
中学受験の多くを占める歴史は、年表や人物名など暗記部分が大量になります。年代ごとにまとめたり、人物にフォーカスして時代背景を学んだり、文化財や地理的要素から歴史を探るという方法もあります。膨大な知識が必要となる歴史ですが、興味のある角度から切り取っていくと案外スッと覚えることができます。
No. | テーマ | 内容 |
1 | 旧石器時代・縄文時代 |
旧石器時代、縄文時代の暮らしや文化を解説。 |
2 | 弥生時代 |
古代、弥生時代の暮らしや文化を解説。 |
3 | 古墳時代・飛鳥時代1 |
古代、古墳時代、飛鳥時代、氏姓制度、古墳時代の終焉から 聖徳太子の時代、飛鳥時代の始まりを解説。 |
4 | 飛鳥時代2・奈良時代1 |
古代、飛鳥時代、奈良時代、大化の改新、平城京、 聖武天皇と仏法などを解説。 |
5 | 奈良時代2・平安時代1・平安時代2 |
古代、奈良時代、平安時代、藤原氏の摂関政治、 浄土真宗、武士の台頭、源氏の進出を解説。 |
6 | 平安時代3・鎌倉時代 |
中世、平安時代、鎌倉時代、平氏、封建制度、 執権政治、承久の乱暮を解説。 |
7 | 室町時代 |
中世、室町時代、南北朝の動乱、 東アジアの情勢、経済、産業を解説。 |
8 | 戦国時代 |
中世、戦国時代、都市の発展、ヨーロッパの 状況や文化を解説。 |
9 | 安土桃山時代 |
中世、安土桃山時代、織田信長、豊臣秀吉、 徳川家康の天下統一を解説。 |
10 | 江戸時代1 |
近世、江戸幕府の成立、外交、鎖国、 徳川綱吉の時代を解説。 |
11 | 江戸時代2 |
近世、江戸時代、産業の発展と文化、 三大改革を解説。 |
12 | 江戸時代3 |
近世、江戸時代、ヨーロッパ諸国の市民革命、 産業革命を解説。 |
13 | 江戸時代4 |
近世、江戸時代、ペリー来航、大政奉還、 江戸幕府滅亡を解説。 |
14 | 明治時代1 |
近世、明治時代、明治維新、富国強兵、 文明開花を解説。 |
15 | 明治時代2 |
近世、明治時代、西南戦争、大日本帝国憲法の制定、 立憲国家を解説。 |
16 | 明治時代3 |
近世、明治時代、日清・日露戦争、産業革命、 日本の領土を解説。 |
17 | 大正時代 |
近代、大正時代、第一次世界大戦、 大正デモクラシーを解説。 |
18 | 昭和時代1 |
近代、昭和時代、、関東大震災、満州事変、 日中戦争、世界恐慌を解説。 |
19 | 昭和時代2 |
近代、昭和時代、領土、民主化政策、 第二次世界大戦を解説。 |
20 | 昭和時代3 |
近代、昭和時代、高度経済成長、第一次石油危機、 戦後の国際関係を解説。 |
21 | 平成1 |
現代、平成、バブル崩壊、冷戦、 文化、経済を解説。 |
22 | 平成2・令和 | 現代、平成、令和の経済、政権交代、東日本大震災など 日本を取り巻く環境を解説。 |
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