中学受験 地理シリーズ。第24回目は『日本の交通の歴史 – 街道・鉄道・自動車・飛行機』です。
前回の講義『グローバル化が進む世界 (日本の輸出入)』では、日本の輸入・輸出のモノの流れを見てきました。今回の日本地理、分野別学習の最後の単元は日本の交通と通信です。
※このサイトは広告が含まれております。リンク先の他社サイトにてお買い求めの商品、サービス等について一切の責任を負いません。
国内交通の歴史① 街道を徒歩で移動していた江戸時代
日本で人々が本格的に移動を始めたのは江戸時代からです。江戸時代には各地の大名が江戸幕府の将軍に仕えに行くという参勤交代という制度が取り入れられました。それに合わせ、日本の各地を結ぶ五街道と呼ばれる主要街道が整備されました。
五街道
五街道は名前だけでなく、ルートもしっかりと覚えておきましょう。整備された状況や、どこを起点としているのかなどの役割も重要です。
① 東海道
江戸~京都・大阪(現在の主に東海道新幹線のルート)| 江戸から海沿いを通って京都に向かう街道です。新幹線名の由来にもなっています。宿場町も押さえましょう。
② 中山道
江戸~軽井沢~下諏訪~草津(現在の主に北陸新幹線・中央線のルート)| 江戸から内陸部を通って、滋賀県の草津に向かう街道です。なかせんどうと読みます。
③ 甲州街道
江戸~甲府~下諏訪(現在の主に中央線のルート)| 江戸から西に進み、山梨県を通って長野県に向かう街道です。新宿は甲州街道の宿場町です。
④ 日光街道
江戸~日光(日光東照宮:徳川家康を祀っている)| 江戸から栃木県の日光に向かう街道です。日光東照宮に徳川家康が祀られています。
⑤ 奥州街道
宇都宮~白河。日光街道から分岐、東北地方への街道(現在の主に東北新幹線のルート)| 江戸から福島県の白河に向かう街道です。日本橋を起点とし、日光街道から分岐して東北地方へ向かいます。
五街道と観光
また、この街道の整備により、一般庶民の間でも観光という概念が生まれました。当時の庶民に観光旅行は禁じられていましたが、参詣等のための信仰上の旅行は許されていたため、伊勢神宮参り(伊勢参り)などの名目を借りて、その道中で物見遊山をするようになりました。
古代から文化の中心であった京都・奈良は当時から人気があり、また大都会である大阪へは歌舞伎見物などを目当てに、多くの人が集まりました。もちろん、当時は徒歩の旅です。江戸(東京)から大阪まで2週間以上かかったと言われています。一方で、荷物を専門に運ぶ飛脚という業者は早いものはわずか数日で荷物を運びました(ただし、複数人によるリレー方式)。街道には1里(約3.927キロメートル)ごとに距離の目印として一里塚と呼ばれる塚(土盛り)が築かれました。また10㎞程度間隔で宿場が設けられ、人々はそこで寝泊まりしながら、足を進めました(江戸~京都間に53の宿場が設置)。また、要所には関所が設置され、人々の通行手形が無い人は通過できませんでした。
日本の交通の歴史② 近代国家の幕開けと鉄道整備
明治時代に入ると、近代化のため、鉄道の建設が進んでいきます。1872年に日本で最初の鉄道が新橋~横浜間に開業しました。後の東海道線です。急速な路線拡大を目指すため、その後は民間から資金を集めて建設した私鉄路線が大半を占めました。
鉄道の開業
- 東海道線(官営) 東京~神戸 1889年開業
- 日本鉄道(私鉄) 上野~青森 1891年開業
- 山陽鉄道(私鉄) 神戸~下関 1901年開業
- 九州鉄道(私鉄) 門司~長崎・八代ほか 1898年開業 など
しかしながら、軍事物資の輸送など、国力を強めるため、当時建設された路線のほとんどはその後国に買収されました。そして今日のJRに至っています。明治、大正、昭和と鉄道網は次々と拡大していきますが、戦後、1964年の東京オリンピックの開催と同時に開業した東海道新幹線の開業をピークに日本の鉄道は衰退期に入ります。皮肉にも1964年に国鉄は戦後初の赤字を記録し、以降、赤字額は天文学的数値までに拡大してゆき、1985年に国鉄は解体され、民営のJRに引き継がれました。1988年には北海道から九州までは線路で繋がりました。また、新幹線も続々開業し、新幹線の無い都道府県の方が少なくなってきました。
しかし、地方ローカル線の赤字は解消することなく、大きな問題となっており、新幹線が伸び行く一方で、毎年多くの路線が廃線となっています。※新幹線については、次回詳しく学習します。
JRのキャッチコピー「一本列島」
JRのキャッチコピーのこと。1988年(昭和63年)に青函トンネルと瀬戸大橋が開業し、旅客・貨物鉄道7社の路線がすべて結ばれたことを「日本列島」と掛けて呼称したもの。
関門トンネル:山口県~福岡県1942年
本州と九州を結ぶ関門トンネルは、関門海峡をくぐる鉄道専用の海底トンネルです。単線トンネル2本で構成されています。
青函トンネル:青森県~北海道 1988年
本州と北海道を結ぶ青函トンネルは、23.3kmの海底部と30.55kmの陸上部を合わせた総延長53.85kmの世界最長の鉄道トンネルです。工事期間は約24年間です。
瀬戸大橋:岡山県~香川県 1988年
瀬戸大橋は、岡山県と香川県を結ぶ本州四国連絡橋のひとつです。島々が連なる瀬戸内海の真ん中を6つの橋梁でつなぎます。吊橋、斜張橋、トラス橋など世界最大級の橋梁は美しいです。
瀬戸大橋は3つある本州四国連絡橋のうちの1つです。「児島・坂出ルート」とともよばれます。
瀬戸大橋以外の本州四国連絡橋
明石海峡大橋は、神戸市垂水区と淡路島を結ぶ長大吊橋です。大鳴門橋は、淡路島と四国を結ぶ橋です。瀬戸内しまなみ海道は、10本の橋と島内の道路で本州と四国を結びます。自転車での通行ができます。
- 【神戸・鳴門ルート】 明石海峡大橋・大鳴門橋
- 【尾道・今治ルート】 瀬戸内しまなみ海道
※ただし、鉄道・道路併用橋は瀬戸大橋のみ。
関連問題プリント 新幹線と鉄道
日本の交通の歴史③ 戦後の主役、自動車
1970年以降、日本の交通の中心は自動車に移り変わります。誰もが自動車を安く手に入れられるようになり、高速道路の整備が全国各地で進んでいきます。
また自動車は、人々を運ぶだけでなく、貨物の輸送のほとんども担っています。荷物は人と違って、自分で乗り換えてくれませんが、自動車は小回りが利くため、家から家、会社から会社まで荷物を届けることが出来る(ドアtoドア)ことが出来ます。この自動車の特性を活かして、いわゆる宅配便(宅急便は運送会社サービスの名称のため、試験で答えては×)と呼ばれるような宅配システムが確立しました。特に貨物輸送のほとんどを自動車が担うようになりました。
現在、旅客・貨物双方で国内交通を占める自動車輸送の割合が第一位。
一方で、自動車の急増は、大気汚染、交通渋滞、交通事故、地方都市中心部の空洞化など、様々な問題を生みだしています。近年では、バスやトラックのドライバー不足も顕著になっており、バスの本数が減ったり、荷物の輸送が遅れるなどの問題も発生しています。自動運転車などの開発も急がれていますが、抜本的な対策には、自動車に頼り過ぎない社会の仕組みを作っていなかければなりません。
日本の代表的な高速道路
- 名神高速道路(日本で最初の高速道路) 名古屋~神戸:1963年(1965年全線開業)
- 東名高速道路 東京~名古屋:1968年(1969年全線開業)
この2つの高速道路は日本の大動脈。現在、混雑緩和のため新東名高速道路の建設が進み、一部が開業しています。そして、これらをはじめとした高速道路の建設によって日本全国各地が結ばれています。一方で、最後まで高速道路が無かった県は「宮崎県」です。
関連問題プリント 高速自動車道
関連問題プリント 橋とトンネル
日本の交通の歴史④ 誰もが飛行機に乗れる時代
1970~1980年代になると、航空運賃の低廉化で誰もが飛行機に乗れる時代になります。それでも、自動車(トラック)に対して飛行機の運賃が高い為、国内の航空利用のメインは旅客輸送です。全国各地に空港が開業し、日本の主要都市には、東京から1~2時間程度で到達できるようになりました。さらに近年では、過剰なサービスを排し、より安い運賃を目指すLCC(ローコストキャリア)も増えてきており、新幹線より飛行機の方が安くなりました。国内旅客輸送において、新幹線(鉄道)、高速道路(自動車)、航空という三つ巴の戦いに突入したのです。
交通網の現状と今後の展望
日本の経済は競争原理を基本としていますが、もはや衰退期にあるともいえる現代日本において、このような競争は無意味な消耗戦でもあります。航空会社の中には経営が成り立たず、破綻したり、倒産する会社も出てきています。所要時間や距離別によって、各交通機関を選択し、残していくというのも必要になってくるのではないでしょうか。
さらに、2020年の新型コロナウイルスの蔓延によって、人々の移動が急激に減っています。
旅客輸送をメインとしてきた鉄道、航空は非常に大きな打撃を受けています。交通機関別の輸送シェアは今後、ますます自動車の一人勝ちという流れになることが予想されます。
国内の主な空港一覧
羽田(東京国際)空港(東京都) 2010年再び国際化
成田(新東京)国際空港(千葉県) 1978年開港
羽田空港のキャパシティオーバーのため、国際線を成田に移管。
関西国際空港(大阪府) 1994年開港
世界初の人工島に設置された海上空港 近年はLCC(格安航空会社)の発着も多い。
中部国際空港(愛知県) 2005年開港
愛知万博に合わせて開港。人工島に設置された海上空港。愛称はセントレア。
関連問題プリント 航空交通
まとめ
日本国内の移動は本当に簡単なものになりました。しかし、便利になる反面、ヒトやモノが動くことにより、多くのエネルギーを消費し、二酸化炭素などを大量に排出します。インターネットなどの通信技術の発達で、自宅に居ながらにして、遠くの人と繋がることが出来るようになってきました。
特に、新型コロナウイルスの感染拡大は人々の移動に大きくブレーキをかけた一方で、従来の無駄な移動を見直す機会になっています。インターネットを通じた在宅勤務やオンライン会議の実施で、会社に行くこと、出張に行くことが激減しています。旅行ですら、VR技術を活用しインターネット上で疑似体験するバーチャルツアーというものが始まっています。今、日本の交通や通信をとりまく環境は大きく変化しています。
しかし、確かに自宅にいながら、国内、世界どことでも繋がることは出来るようになりましたが、実際に現地に赴くのと、ネットから接続するのでは、やはり何かが違うのではないでしょうか?実際に移動するメリットとデメリット、オンライン化によるメリットとデメリットを自分の言葉でまとめられるようにしておきましょう。この先の歴史は自ら情報収集に努め、そして考えながら勉強を進めて下さい。
この章の関連問題
下記にてこの章の関連問題もご用意しました。
何度も解いて知識を体に染み込ませましょう。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
第24章の問題まとめ
Yotube動画で第24章『日本の交通の歴史』の問題を解いてみましょう!全50問です。